”形式”にお金をかける仕事に価値はあるのだろうか



「それでは、2度手間になってしまって、コストも余分にかかりますが

 角が立たないようにこちらの案でいきましょう。」

耳を疑うような言葉が、営業の場面で交わされることは少なくありません。いくつかのパターンで提案した企画をまとめて、その中で悪いところを抽出して濃縮したみたいな企画が平然と通ることも珍しくありません。

 

別に誰が悪いとかを意見するつもりはないのですが、あまりにも世の中は”形式”にコストもお金もかかりすぎているような気がします。そして、それをさせてしまう仕事に何の価値があるのか、誰のためになっているのかすらわかりません。



利益が出れば良い営業。

思い描いた企画が通れば良い取引先。

トップとしての尊厳が傷つけられなければ良い経営者。



それぞれがそれぞれに与えられた仕事を全うすると、上記のような冷静に後から考えるとおかしいと思えるケースは少なくありません。



お客様のためとは言われても、結局評価されるのは数字の営業。

コスト削減とは言われても、余った予算はなんとか使い切りたい取引先。

ワンマンではない言いつつも、尊厳はどうしても守りたい経営者。



職業という枠組みで考えたら、やっぱり誰も悪くないように思えます。ただ、こんな歪な仕事が成り立っているのは、職業という”形式”に囚われすぎているからかもしれません。

しかし、形式を重視せずに生きていこうとするには、まだまだ力が足りません。それはおかしいと納得させる理論もなければ、伝える技術も全然ありません。ただ、こんなことを思ってしまった人は、これからどんな仕事にもやりがいは見つけられなくなりそうですね。

 

長々と色々書いてきましたが、結局また明日も”形式”に違和感を覚えつつ、生きるために”形式”に沿って仕事をしていくのでしょう、これからも